2.3 高校から大学時代
このころになると、吃音でいじられることは少なくなりました。
というより、周りがいじめをするような人がいなかったので、多少私の話し方がおかしくても誰も気に留めなかったんだと思います。
このころ、英語を話すときはほとんどどもらないことに気づきました。
それから、話す時も、少しは改善されて、ひどい吃音状態とはならず、上手に隠せるようになりました。
結局私が苦手なのは
母音で始まる言葉「あ」「い」「う」「え」「お」
順番が回ってくるような緊張を強いられる時は話す内容を考えすぎて、詰まる言葉を作ってしまう。
苦手としている人の前。
ということが分かってきました。
明らかにどもりそうになった場合は、やたら修飾語をつけて回避しようとするので、友人から「状態副詞が多い」「修飾語好き」と言われました。
私としたら、どもって、友人に変な顔されるくらいなら、言い回しが長くなって困惑される方がよかったのです。
吃音を心配して両親が私を音楽の道に進ませようとしましたが、私は結局音楽には進むことができず、普通の大学に行ってしまいました。
大学時代、事務員のバイトをしたのですが、そこの電話に苦労しました。
電話に出るときに決まりがあり、必ず「ありがとうございます。〇〇会社です。どのようなご用件ですか」と言わないといけませんでした。
私は母音が苦手なので、まず「ありがとうございます」の「あ」が出てこないので、電話に出ても、声を発することができません。しかたなく「もしもし」「はい」「こんにちは」などと先に言って、「ありがとうございます」へとつなげようとしたのですが…。
ある日、その会社の社長から電話がかかり、それを私が取った際、「ありがとうございます」を最初に言えなかったため、怒鳴られ、「お前はそんな言葉もしゃべれないのか!辞めろ」と言われました。
まあ、その日に解雇になりましたが。
就職は、当時、超氷河期で苦労しました。
面接や事前訪問などで、質問や答えている時に、どもって失笑をかったりしました。当然採用ならず。
唯一、私が採用されたのは、面接でどもらなかったところ。
なぜどもらなかったか?
それは、面接の際、それまで受けていた不採用や女性差別に対して諦めと怒りで、頭に血が上った状態で受け答えしてしまったから、全くどもらなかったという…。
怒りというのは吃音を抑えてくれる一つの魔法なんです。
明日、どもらずに話したいという場合、激怒して話すと大丈夫です。でも、誤解を生むかもしれません…、